「本多勝一編集のページ・メディアとプライバシー」

(『週刊金曜日』第189号収録)

 

【対談】宅八郎 VS 本多勝一  裁くのはだ!!

 

■人権やプライバシーについてのマスコミの意識が低い日本では、司法に裁かれる前に何の資格も権限もないメディアから徹底的に裁かれる。しかも、間違っていてもなんの救済もない。なんの根拠もなしに罪を着せられたり、攻撃を受けることもある。もはや「目には目を、歯には歯を」(ハムラビ法典)に訴えるしかないと、「無法マスコミ」にやられたと同じ手段で、当の取材記者やデスクなどに対して「『取材』を敢行」した宅八郎氏に、パパラッチ撃退法を聞いた■(本多勝一)

 

 ボクが「宅八郎」として仕事を始めたのは、宮崎勤の事件(一九八九年八月)が契機になっているんです。あのとき、司法以前にメディアに裁かれる構図をものすごく感じてしまった。「ホラービデオを見ているから、現実と虚構の見境がつかなくなって殺人を犯した」「漫画の見すぎ」といった言われ方をずいぶんされた。ビデオが六千本弱あることで、異常性を位置づけるような報道がされたんです。

本多 そういうことはしょっちゅうだね。松本サリン事件の河野義行氏のときとか。

 ボクの家にもビデオが二〇〇〇本ぐらいあったんです。もしボクと彼との差異があるとしたら、四人の幼女を殺したと疑われているか、いないかだけ。これはものすごい大きな差異だけど(笑)。それ以外はほとんど差異を見出せなかったんです。ところがマスコミすべてが彼の趣味の部分や嫌疑以外の部分で司法以前に彼を裁いた。アニメーターや漫画家など、当時はアパートを探すのさえ困難だった話もあったんですから、オタク差別もひどいです。この状況を変えられる人間が存在するとしたら、殺人容疑者ではない宮崎勤が現れる以外にない。そこで「自分は四人殺していないけれど宮崎勤とほぼ変わらない人間だ」と公言し、堂々とメディアに出ていこうと考えた。「宅八郎」というパーソナリティが創られたモトは、メディア批判そのものだったんです。

本多 宅さんの文章を読んだ人は、非常に過激という意識があるんだね。どうしてそう思うのか聞いてみると、前に宅さんがマスコミから何をやられたかを知らないんです。これは原子爆弾と同じではないか。日本人から見ると、原爆は無差別大虐殺だと、これはそのとおりです。しかしアジアの、つまり中国人とか韓国人・フィリピン人から見ると「あれは当り前だ、天罰だ」になってしまう。もちろんこれは別次元で問題だけど、彼らが何をやられたかが前提だから、そうなるわけですよ。

 

こうして復讐劇がはじまった

 

 ボクが最初に公的にトラブッたのは、『月刊プレイボーイ』の宮崎幸男という方だったんです。漫画を紹介するようなコラムをやっていたときに、ビデオ「けっこう仮面」のグラビアを撮ろうとスタッフがスタジオに集合したんです。ところが、ビデオの主人公だった女性モデルが来なかった。そのモデルは『月刊プレイボーイ』の専属モデルで、こちらは筋を通して依頼して、許可をもらっていたんです。どの程度に故意・過失であったのかはっきりしない面もあるけれど、『月刊プレイボーイ』の編集者が「行かなくていい」と言ったんです。

 事情を説明してもらうために編集者に連絡をとろうとしたら、「何だおまえらは!」という態度なんです。金銭的な損害の補償も願いたいところ。結局、集英社のある神保町まで足を運んだら、非を認めるどころか「女優に車を出さなかったから悪いんだ」と、めちゃくちゃな理由で言い逃れようとする。それで「あなたから聞けることはない。もうけっこうです」と言った。つまり、ボクはその人へ有効な対策を考え始めたわけです。

本多 問題は、後の対応ですね。

 それでボクは、彼が編集者になろうとした動機、出身大学、現住所、所有している車など、一所懸命調べた。彼が海外取材に妻を同伴させていたり、妻名義で会社を持っていることとかもわかってきた。そのときボクが連載していたのが『週刊SPA!』で、古本屋で買ってきた二、三百冊の『月刊プレイボーイ』を、河原に組んだ材木の上に積みあげガソリンをぶっかけて燃やした写真を載せて、「お宅の編集部員は海外出張に妻を同行させて、うらやましい限りです」みたいな嫌味を書いたんです。

本多 ほめ殺し的に。

 それがきっかけで、兄弟誌『週刊プレイボーイ』の編集者の小峯隆生さんが、「おまえ、宮崎さんにひどいことをしたな」と日本テレビの楽屋で脅してきたんです。「この業界で食っていけないようにしてやる」とか、さんざんな脅迫・恫喝を受けた。それ自体きわめて無礼なことだし、楽屋裏でやる神経に卑怯さを感じたんです。それでボクは、生放送中に『週刊プレイボーイ』を破り捨てて、「あなたを必ず処刑する」と宣戦布告した。そして、どういう経緯で彼が恫喝してきて、どう対処したかを書いていったんです。

 ところが、『週刊プレイボーイ』の当時の副編集長が圧力をかけてくる始末で、全然、反省の色がない。そんな人間にはとことんやるのが身上なので、彼の三代先までさかのぼって、本籍地まで訪ねる調査をした。失礼な言動がなぜなされるのか、そのルーツを探る旅に出た。

本多 実は、ひどい判決をやって平然としている裁判官について、なぜこんな人間が育ったのかを、そのように調べてルポを書こうとしたことがあります。

 

「汝の隣人を愛せ」で引っ越し

 

 調査の過程で、彼の住所を調べていたら、たまたまそのときに「キリストの言葉」が目に入ってきたんです(笑)。「汝の隣人を愛せ」。そこで、彼が住んでいたマンションに空室があるかどうかを調べた。当然出費も大きいし、そこまでやる意味があるのかも考えました。

 それで、不動産屋と契約を交わす直前に小峯さんに「恐ろしい計画がある。あなたがいま謝罪文を出してくれるのなら一切の攻撃を止めましょう」と最終通告したんです。「何をやるんだ」と聞くから、「誰もやっていない天才的なことをやる」と答えた(笑)。謝る気がないことを確認し、不動産屋へ行きました。ベランダに広角レンズでビデオカメラを設置して、小峯さんが何時に家を出て何時に帰ってくるかわかるようにした。

 さすがに小峯さんもたまりかねたんでしょうね。それなら謝るか反論すればいいと思うんだけど、ボクに対して仮処分申請を行なったんです。住みたいところに住んで何が悪いんだ」と言い張ったんですけど、「いろいろ嫌がらせを受けた」とか言い出して、訪問禁止や面談強要、いくつかの仮処分を申し立ててきた。顧問弁護士から内容証明もきて、大事になったんです。

 そのとき、ボクは大学生のA子さんとつきあっていたんですけど、そこに「出版やマスコミに関心があります。お手伝いさせてください」と、ボクのファンだという別のフリーターの女性B子が現れた。実はこの人は、小峯さんと通じていたんです。

本多 ソ連のKGBみたいだね。要するにスパイだったんだ。

 B子はボクの手帳や住所録なども全部コピーを取っていたんです。実は『週刊ポスト』の小牧三平、『プレイボーイ』の小峯、テレビ朝日の芸能リポーターの梨元勝、この三者が組んで宅八郎つぶしの記事を一方的に作り出してきた。活字では『週刊ポスト』、ワイドショーなどテレビではテレビ朝日。B子が「私は宅八郎の恋人だった」と言ったうえで、「小峯さんに対する嫌がらせを手伝わされました」といった告白記事が掲載されたわけです。ボクがびっくりしたのは、A子さんに嫌がらせを始めたことです。『週刊ポスト』の記者がA子さんの母親のところへ行って、「宅八郎とつきあっているとろくなことがない」とコメントを求めたりもしたんです。

本多 そういうことを一般の読者は知らないから、あなたのやったことだけを見ると原爆になってしまう。

 A子さんは就職活動まで妨害されて(涙)。それでこちらも全面的にぶつかったわけです。当時、日本でもっとも売れていた週刊誌に一方的な記事を書かれたんですから。ボクは私怨を考えると同時に、マスコミの影響力・犯罪性も考えた。ところが、マスコミの人間はそういうことを考えて報道しているとは、到底思えない。

 結局ボクはA子さんを失うことになった。A子さんに対しての責任を考えてしまって……。人がなかなか言ってくれないから自分で言いますけれど、ボクは責任感が強いんですよ。

本多 A子さんが怒ったのもわかるし、責任感もわかる。

 ボクは自分の責任と同時に、人の責任も最後まで追及したいんです。ナチスの追及と近いんだけど、向こうは戦争責任に時効なんかないですよね。日本では「みそぎ」とか言い出して何もなかったことにするけど、ボクは許せない。

 

週刊誌と同じことを個人がやれば非難

 

 ボクは、もはや「自分の行動が正当です」と言わないし、「悪魔だ、死神だ」と思ってもらってけっこうです。

本多 週刊誌がやれば過激でなくて、個人がやれば過激になってしまう。それこそ、「一人殺せば殺人で、大勢殺せば英雄」というチャップリンの映画の台詞みたいなことになりますね。

 日本固有の「水に流す」とか「人の噂も七十五日」とか、そういう感覚が許せない。最後の最後まで追及する男が一人いてもいいと思っています。マルコムXとか、すごく参考にしていますから。

本多 黒人運動の歴史は最初過激で、しかし次にもっと過激な人が出ると、前の人が全然過激じゃなくなってしまう。マルコムXが出たときは、みんな過激だと顰蹙したけれど、その前にマーチン・ルーサー・キングがいましたね。キング牧師は、最初は「非暴力」の差別撤廃運動をやったけど、やることはものすごい過激。バスが白人と黒人とにわかれているのは不当だと無視して乗り込む。非暴力といっても当時としては大変なものです。

 それが次第に常識になってくるんです。そうしたら、今度はマルコムXが出てきた。最初は過激だったけど、いまは評価する映画もある。それと同じで、あなたの復讐も、マスコミのひどい仕打ちに対するカウンターブローというか、最初は過激に見えるけど先覚者になるかもしれない。

 それじゃ宅八郎って、死んだ後しか評価されないかもしれませんね。

本多 アハハハ、大丈夫でしょうよ。思ったより世の中の変化は速い。アイヌ民族がそう。私が駆け出し記者で北海道に行ったころは、アイヌという言葉自体がもう一種のタブーですよ。だけどそれが二〇年後には、もう堂々とアイヌと言い始めた。

 ゆがんでいる状況は、いわゆる過激なことでしか変わらないと信じているんです。

本多 何でも最初に言ったり行動する人は過激なんですよ。

 

目前の飼い犬とも戦わざるをえない

 

本多 『週刊金曜日』で「不公正な裁判があてにならないんなら、自分で反撃なり復讐をする以外にないじゃないか」と書いたら、一部の読者から「それが一般の常識になったら大変な問題になる」と言われたけど、裁判官が権力側やマスコミ側について正義の味方でなくなってしまったら、それ以外にどういう方法がありますか。黙ってやられるだけですか。

 相手の悪い点を列挙して、高らかに声をあげたって、相手は「へ」とも思いませんよ。

本多 しかも、それを載せるマスコミがない。だからビラしかなくなってくる。

 でも、ビラって外聞が悪い。

本多 週刊誌は堂々とめちゃくちゃできて、ビラだと何かアングラになる……。

 怪文書と言われてしまう。

本多 ロバート・ウイリアムズという有名な黒人が、南部のほうで、武装して復讐隊を組織した。黒人がめちゃくちゃやられ放題だから私兵団をつくって、白人の暗殺団に対抗し始めた。もちろんそれは違法だから追及されるけれど、最終的には毛沢東主義者で、「われわれは敵を許すことはできない」「左の頬を打たれたら右の頬を出すことはできない」と、断固闘争を始めて、それによる混乱が改革にもつながっていった。

 でも、日本では、左の頬に続いてすぐ右の頬を出すような人が、人格が高いとか思われてしまうでしょう。

本多 右の頬を出す人を否定はしません。やりたい人はやればいい。

 そんなの、人格が安っぽいと思う。

本多 結局、日本では体制の中で、適当なところでやっている人が尊敬されて、本当に闘おうとする人ははみ出しになる。

 ボクの過激さは、年上の、ある地位にいる方にあまり評価されないんです。あまりに危なげだし、はっきり評価を定めにくいところがあるから。だから本多さんが宅八郎を引用するのはリスキーだと思うんです(笑)。

本多 でも、前例があるんですよ。典型的な例は堀江謙一です。太平洋をヨットで初めて横断したときは、マスコミが全力をあげて彼を非難した。彼は旅券を持たずに、密出国したから叩いたわけ。横断は偉くても、「しかし」に重点があるわけです。俺は、これは絶対に大したものだと全面的に評価した。当時はまったくの少数派だったけど。

 ボクは非常に光栄だけれど、本多さん大丈夫かなと……(笑)。過激と言われることをやっていると、孤立無援という気持ちになってしまうんです。

本多 本当の過激とは思えないんだね。当然の反撃だと思う。

 ボクの行動原理を問いただされたら、一つずつそれを説明していく自信があります。たとえば「小牧さんは有名人じゃないじゃないか。無名人を攻撃するのか」と非難されたら、河野義行さんや、三浦和義さんだって、もともと一般人でしょう。

本多 いまの「高級官僚」なんか一人ひとりは有名じゃないけれど、彼らはものすごくひどいことをやっているわけです。

 だからそこに顔を与えていくことが、責任を追及することだと思ったんです。

本多 それをやると、個人攻撃だと言われる。冗談じゃない。

 市民運動的な感覚で「組織の体質に問題がある」と言おうとするけれど、そいつが悪いということをはっきりさせたい。「体質」じゃあ、責任の所在がきわめて曖昧ですよね。現場の人間、それを指揮した人間、飼い主にも飼い犬にも個人で責任をとってもらいたい。

本多 両方ですけれどもね。両方悪いんだけれど、直接的にはそいつだからね。たとえば侵略して、南京大虐殺でもむちゃくちゃ強姦したり殺したりしたじゃない。兵隊も悪いけれど、天皇制軍国主義がもっと悪い。しかし、現に殺そう、強姦しようと襲ってくる兵隊は、被害者にとって許せるはずがない。兵隊よりもその飼い主を叩くべきだが、噛みついてくる目前の犬に対しては戦わざるをえない。

 ここは重要だと思うけど、『週刊金曜日』の「正義を信じる読者」も飼い主を叩くことが高級で、飼い犬を叩くことは低劣だと短絡してはいないか、と。ボクが編集者個人を処刑だなんて言うと、「自分は会社から命じられただけだ」と言うけれど、それじゃアイヒマンが「ヒットラーに命じられただけだ」と言うようなものじゃないですか。

本多 だから、兵隊に殺されようとする当人にとっては、軍国主義でもどうでもいいわけで、まず戦うことでしょう。

 たったそれだけのことがわかってもらえない。ボクは筋を通したいだけなんです。

本多 みんなほとんど泣き寝入りか、泣き寝入りせざるをえないかのどちらかですね。

 泣き寝入りしたほうが楽だとかね。

本多 あとが面倒でないとか。

 

復讐を礼儀正しくやっている

 

 ただボクは、やられたことをやり返すことを遂行しているだけですけど、もう一つ考えるのは、本当に相手はやられてもしかたのない人間かどうかです。小峯さんの件に関して言えば、彼に引っ越してこられたわけではないし、ボクがやったことは必ずしも彼のやったことではない。ただ、ボクは彼に復讐する権利があるのか、それはすごく吟味します。ボクは復讐をけっこう礼儀正しくやっているつもりではいるんです。

本多 まずは謝りなさいと。段階を踏んでいるわけでしょう。

 いちばんやりたくないのは、「自分が相手にすべき人物ではない」と言って、自分をお高くおいてすませること。

本多 「自分のレベルが下がる」とかね。

 でもそうしたとき、高見の見物をしようとする人は、どっちもどっちと言い出すんです。「コクドがやっていることはひどいけれど、本多も本多だよ」と言われたら、頭にきますよね。

本多 侵略したやつも、されたほうも、どっちもどっちだ、ケンカ両成敗というわけだね。

 そういって利口ぶる人が日本にはすごく多い気がします。

本多 ところで、以前だったらあなたがマスコミから攻撃されたことが、いまはされないということがありますか?

 人が近寄ってこなくなりました(笑)。宅八郎に恨まれたら大変だと、みんな逃げてしまって……。

本多 やはり効果があった?

 それはある。もしかしたら本多さんとボクの違う点は、本多さんは素顔をさらさない。ボクはできるだけ「宅八郎だ」とアピールする方向に持って行くところかもしれない。

本多 それは、仕事の対象が極右とか暴力団に狙われる分野ではないからですよ。俺の場合は現実に殺される危険性があったわけですね。でも、まだもう少し仕事をしたいから。

 

*なお、この本多勝一・宅八郎対談は加筆訂正の上で
週刊金曜日発行のブックレットとして2001年6月頃
に発売される予定です。詳細はまたお知らせします*

 

 

対談付録資料

「処刑・宅八郎復讐史」

 

1.宮崎幸男(1990年『月刊プレイボーイ』編集者)
・取材撮影妨害事件にからんで。
・海外取材の際に妻を同行させていた横領疑惑を暴いて処刑。
・後に社を追われる。
・関連書籍『イカす!おたく天国』(太田出版刊)。

 

2.小峯隆生(1991年〜92年『週刊プレイボーイ』編集者)
・上記のミヤザキ事件にからんだ日本テレビ楽屋裏恫喝事件。
・コミネ隣人化計画と生育歴徹底調査により処刑。
・後に編集部を追われる。
・関連書籍『イカす!おたく天国』、『処刑宣告』(ともに太田出版刊)。

 

3.小牧三平(1992年〜94年『週刊ポスト』デスク)
・コミネ事件に関して、スキャンダル事件をデッチ上げられる。
・3年間の調査を費やし、不倫行為の現場を尾行、ビデオ撮影した上で発表。横領疑惑とともに暴いて処刑。
・ところが、小牧追及は(宅の)不当逮捕事件につながってしまう。
・小学館の組合問題になる。
・また、ワイドショーで連動したのが悪質芸能レポーター梨元勝。
・後に宣告通り死亡。
・関連書籍『処刑宣告』(太田出版刊)。

 

4.田中康夫(1992〜94年・作家)
・小牧のデッチ上げた『週刊ポスト』記事をうのみにして、一方的にしかも立て続けに中傷記事を書かれた(当時の『朝日ジャーナル』『週刊SPA!』など)。
・著書を発行した際の講演会に乗り込んで、質問を叩きつけるが、裏口から逃げられたために、その後自宅を何度も訪問、回答を求める。そのために一時ノイローゼに追い込み、連載原稿を落とさせる結果になった。

 

5.小林よしのり(1995年〜97年・漫画家)
・4までとは直接的に連動していない。
・95年に『週刊SPA!』誌上で連載『ゴーマニズム宣言』と『週刊宅八郎』が対立。論点はいくつもあったが、最終的に公開討論で決着をつけようと申し入れたが、逃亡。
・その後、小学館に移籍。
・3の際に、小学館の組合が小牧防衛のため作成した宅八郎資料の提供を同社から受け、当時の『週刊SPA!』編集長(ツルシカズヒコ)を恫喝し、単行本版権をタテに『週刊SPA!』を発行する扶桑社に圧力をかけ、宅の連載は打ち切られた。
・その際に、協力したのが小林の茶坊主・切通理作(文筆業)。
・関連書籍『教科書が教えない小林よしのり』(ロフトブックス刊)。

 

6.横森理香(1994年・作家)
・5までとはまったく連動していない。
・92年に横森理香がインタビュアーとなって行なわれた宅八郎インタビュー(女性誌『クレア』文藝春秋発行)を、94年に勝手に単行本として出版(版元はPHP研究所)。明白な著作権法違反事件である。
・この責任は、転載を許諾した文藝春秋のインテリヤクザ編集者・細井秀雄と著者・横森理香、そして松下電器グループの偽善出版社・PHP研究所にある。こんなドロボー商法が松下商法なのか。

 

 

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