宅 八郎 presents

 

サ イ コ ホ ラ ー 小 説

『 K の 器 』 

 

 

 

第 十二 回  

 

 

chase22 :  兵 庫 県 芦 屋 市  

 

 

 

 

 

 芦屋には何の土地カンもない。

 以前購入した芦屋市住宅地図をぼんやりとながめる日が続いた。「ぼく」は芦屋、 芦屋、芦屋、と芦屋への思いをめぐらせていた。

 芦屋はどんなところなんだろう。芦屋には何があるんだろう。芦屋にKがこだわっ たのはなぜだろう。芦屋とは、Kにとって何なのだろう……。

それにしても、Kはずっと東京に住み、結婚しているにも関わらず、本籍地を芦屋 市のままにしている。よほど芦屋に対する思いが強いと見える……。

 「ぼく」はKの本籍地・兵庫県芦屋市へ行くことにした。実際に行ってみることで、 何かがわかるかもしれない。

 関西方面の友人に連絡を取り、協力してもらうことにする。現地に行ったら道案内 もいたほうがいいし、やはり車もあったほうが便利だからだ。

東京駅―――。

 この駅は、東京でもかなり異和感の強い場所だ。東京駅ははたして「東京」か。そ んな気分にさせるのだ。「ぼく」は構内を東海道新幹線の改札口に向かって歩く。向こう から修学旅行生の一団が歩いてきた。

 東京駅は田舎から出てきた人と田舎へ行く人の出会う駅である。しかし、構内を歩 く人間はどちらなのか、すぐには区別できるようでできない気がする。東京は雑多な 人間が集まる場所でしかない。「東京」などという場所はどこにもないのだ。そう考 えると、東京駅はもしかしたら最も「東京」的であり「日本」そのものなのだ、とい う気もしてくる……。

 そんなどうでもいいことをぼんやり考えながら歩き、キップを出して新幹線改札口 をくぐった。これで新幹線に乗ってしまえば、後は三時間で新大阪駅に着く。

大阪に一泊し、朝から行動を開始することにしていた。友人とはJR線の芦屋駅で 待ち合わせている。

 翌朝。寝不足のまま、起床した。

 悪夢にうなされ続けたせいで熟睡できなかったのである。といっても、夢について はよく覚えていない。いったい、どんな夢だったのか。思い出せない記憶を、冴えな い頭脳の片隅で追っていた。

 寝ぼけまなこで浴衣から普段着にのろのろ着替えると、「ぼく」は大阪のホテルを チェックアウトする。梅田まで地下鉄で出て、JRに乗り換える。梅田、つまり大阪 駅からJR東海道本線に乗った。芦屋までは※分ほどで着くだろう。

 芦屋駅―――。

ついに「ぼく」はやって来た。

その感慨と旅情が入り交じる。電車を降り、ホームを改札口に向かって歩く。乗降 客は決して多くはなかった。キップを駅員に渡して改札を抜ける「ぼく」に、友人N が手を振った。やっと着いたよ、という顔で「ぼく」はあいさつを返す。

 駅を降りると、そこはまるで地方にある田舎町の小さな駅前のようだった。昔、学 生時代に行った長野県軽井沢近くの小さな駅を思い出す。

 どこかでセミの鳴く声が聞こえてくる。

 調査を始めたのは春のまだ肌寒い頃だった。そして、今、すでに季節は夏になって いる。ついに「ぼく」はここまで来たのだ。

とりあえず、駅前のしょぼい喫茶店に入ることにした。ミックスサンドとアイスコ ーヒーを頼む。Nと軽く朝食をとりながら、詳細な地図を見て打ち合わせた。

サンドイッチには小さなプチサラダが付いている。アイスコーヒーはガムシロップ があらかじめ濃厚に入っていた。甘すぎるが我慢してミルクを目一杯ぶち込む。この ほうがまだバランスがいい。

Nは地図を広げて芦屋の地形を説明し始めた。

「今、いるのがココです。芦屋市は三本の鉄道が東西に走ってまして……」

ここまで来たら芦屋のすべてを見ずには帰れない。そのためにもNの協力をあおい だのは正解だった。この取材に車は必要不可欠だった。車で芦屋のすみずみまで走り まくってやろう。

 紺のルノー5(サンク=フランス語で5の意味)。Nの車だ。

 マルチェロ=ガンディーニのデザインによる、フランス製の小型車。競合するのは 同じフランス車のプジョー205、シトロエンAX、ドイツ車のフォルクスワーゲン ・ゴルフ、イタリア車のフィアット・パンダあたりだろう。

マルチェロ=ガンディーニはイタリアのカロッツェリア(工房)・ベルトーネ出身 のカーデザイナーだ。

 最も彼の名声を高めたのは、やはりランボルギーニ・カウンタックの仰天デザイン だろう。ランボルギーニ社のミウラに続く二作めのスーパー・ミッドシップだ。

 ガバッと上に開くド派手なガルウイング・ドアの迫力。全体のフォルムも細部のデ ィテールも、まるでSF映画に出てくる未来の戦闘機のようだ。カウンタックは一九 七一年のジュネーブ・ショーでデビューし、以後二十年経った今でもそのデザインは 古びてはいない。まさにスーパーカーブームの主役、という印象であった。

そして、カウンタックの後継車ディアブロや、V型16気筒の怪物マシン、チゼータ V16T、最近ではブガッティEB110もガンディーニの作品だ(EB110は非公 式)。

 ガンディーニは「鋭角の衝撃」とでもいうべきフォルムの車を造り出す。そのデザ インは独特な直線の構成によって、まるで定規で線を引いたかような印象がある。カ ウンタック、マセラティ・シャマル、シトロエンBX、そしてNの愛車ルノー5。ガ ンディーニのセンスはこれらの直線的なデザインを見れば一目瞭然だ。

 しかし今回の調査にはルノー5(サンク)がもっとも似合っていた。小回りも効く し、目立たなくっていい。貧乏人のやせ我慢でいえば、真っ黄色のミウラや真紅のカ ウンタック、シャマルじゃ、駐車しているだけで注目を集めて都合が悪い。

 Nはサンクのエンジンを軽く温めた後でギアをローに入れた。クラッチをつないで 発進させる。

 Kの本籍地に一刻も早く行ってみたい、とはやる心を抑えて、本籍地は最後に行く ことにした。楽しみは最後まで取っておいたほうがいい。

芦屋の街をゆっくりとサンクは走った――。

        *

 芦屋市は兵庫県の東部に位置するベッドタウンだ。大阪から約 キロメートル、 神戸から約 キロメートル。東側を西宮市、西側を神戸市東灘区にはさまれた小さ な市である。その面積は神戸市の各区ほどにしかない。九一年三月一日現在の人口は 8万8011人。世帯数は3万2752世帯。

 市の北側は山間部になっていて、南側は海に面している。山間部から南北に芦屋川 ・宮川が流れ、大阪湾まで流れ込んでいる。

 芦屋市内を東西に三本の列車が横断するように走っている。北から阪急電鉄神戸線、 JR東海道本線、そして阪神電鉄本線。JRと阪神電鉄の間を国道二号線が東西に走 る。また阪神電鉄のさらに南側を阪神高速道路が横断しており、その高架下を国道四 三号線(第二阪神国道)が走っている。

 北部へいくほど丘凌地になり、高級感があふれる町並みになっていく。そして南部 へ下るほど庶民的な下町になっていく。海沿いなどはおそらく昔は漁師町だったのか、 出身者によれば日常の言葉も微妙に汚い方言があるという。阪急沿線は山の手、阪神 沿線は下町という図式になるが、本当の最高級住宅地は阪急よりもさらに北側になる。

この芦屋という土地は全体に急な斜面上に成り立っているのだ。

 まるで『天国と地獄』のようだな……。

 「ぼく」は昔、名画座で見た映画のことを思い出していた。

 昭和三八年に公開された、黒澤明監督の『天国と地獄』は凶悪誘拐事件を描いたサ スペンスものだ。丘の上の大邸宅に住む資産家の子供を、ゴミゴミとした下町の貧乏 アパートに住む知能犯が誘拐する物語だった。

 黒澤天皇伝説の一つとして、「この風景にはあの民家の屋根が邪魔だ」といって屋 根を外させ、その民家で病床に伏していた病人を一時入院させたというものがある。 それはこの映画の撮影時のエピソードだという。

 この『天国と地獄』が海外輸出された際の英題は『HIGH AND LOW』だ。 HIGH(天国)とLOW(地獄)、それは土地の高低差とそこに住む人の階級差( 貧富)を二重の意味で表現している。劇中ではアップタウン(山の手)とダウンタウ ン(下町)、アッパー(上流階級)とロウワー(下層階級)の関係が効果的に演出さ れていた。

 そして、犯人はただ金目当てで身代金誘拐を企んだわけではなく、映画では彼の精 神的な異常性と屈折が描かれている。

 そのラストシーンはこうだった。

 医学生である犯人が逮捕され、死刑判決を受けた後で、被害者の資産家を拘置所の 接見室に呼ぶシーンだ。接見室の強化ガラスを隔てて二人は向かい合い、犯人は語り だす。

「あなたがエアコンの効いた部屋でくつろいでいる間、わたしは自分の部屋でうだ っていたんですよ。夏は熱くて眠れない、冬は寒くて眠れない。こっちは地獄だ。自 分の住む三畳のアパートの部屋からは丘の上のあなたの邸宅が天国のように見えまし たよ。毎日毎日、丘の上にお高くえらそうに構えている邸宅を眺めているうちに、あ んたが憎くて憎くてたまらなくなったんだ」

 それで犯人は身代金誘拐を企てたのである。

 まるで、あの映画『天国と地獄』のように、芦屋市は斜面上に広がっていた。

 それはフィルムの中に定着した光景同様に、世界から切り取られ、閉じこめられた 箱庭の景色として「ぼく」の眼には映っている。

一般庶民でありながら、資産家のボンボンを演じようとしたKの芦屋へのこだわり は何だったのだろう。疑似ボンボン……、疑似男としてのKはこの広い斜面に何を見 たのだろうか。「ぼく」は映画の記憶に重ね合わせてKのことを考えていた。

 ……何も「ぼく」は、人を世間を社会をブルジョワジーとプロレタリアートに分 けて考えているわけじゃない。そんな古き時代の左翼が信じた幻想など最初から持っ てもいない。弱者が強者を撃つ物語など単純には信じていない。かといって、反左翼 に走る気も持ち合わせてはいない……。

 そう、「ぼく」がKを許さないのは右翼や左翼がそれぞれに考える社会正義のため なんかじゃない。ただ、あいつを逃れようのない窮地に追い込んで、あいつが絶望し、 あがき苦しむ様子を、じっと見つめてやりたいだけだ……。

 「ぼく」はTHIGHUを嫌悪するわけでも、TLOWUを忌避するわけでもなく、 ただ疑似ボンボン、疑似男の体質がたまらなくイヤだった。

 ルノー5が走る国道二号線から、「ぼく」は芦屋の市域を眺めている。

 確かに北側を見上げると、高級そうな丘陵地帯になっていた。そして振り向いて道 路の反対側、つまり南側は小さな家がゴミゴミと立ち並んでいるようだった。あの映 画の中の対比を想い出す。

 「ぼく」は、有名な六麓荘町へ行ってみることにした。Kがこの町の出身だと自称 していた超高級住宅地である。

 はやる心を抑えて、Kの本籍地は後回しにする。やはり楽しみは先のばしにするこ とにしよう。本籍地は逃げてしまうわけではない。ここまで来たら、同じことだ。

 

 

(つづく)

 

 

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