宅 八郎 presents

 

サ イ コ ホ ラ ー 小 説

『 K の 器 』 

 

 

 

第 八 回  

 

 

chase15 : K の 実 家 

 

 

 

 

今、「ぼく」は六階建てのマンションを下から見上げている。

電車が通過する音が聞こえてきた。T急I線が近くを走っている。環七を外側に越えてN街道沿いから少し入ったところに、そのマンションはあった。古い建物だった。どこか家庭的な、そう団地のような雰囲気。その、どことなく黄ばんだような外壁は年輪を感じさせた。

そのマンションの風貌には資産家の影をみることはできない。どう見ても、これはありふれた庶民が住む住宅のニオイだった。

間違いない。あいつは資産家の息子なんかじゃない!

 Kは真っ赤なウソをついていたのだ。

610号室は最上階の道路側だった。しかし、今いる道路からは六階のその部屋はわずかにしか見えない。道を渡ると、角部屋らしく、広いベランダが見えた。そこには人影が見えて驚く。初老のおばさんが洗濯物を干している。

 あれが、Kの母親か……。

 「ぼく」はバッグからビデオカメラを取り出して撮影を開始する。ビデオテープにはKの母親の姿が写っているはずだ。よし、これで押さえた。

 「ぼく」は建物の中に管理人室を探した。話を聞くためだった。しかし、古い分譲マンションらしく、自治会があるだけだった。

「ぼく」は苦笑した。なぜならマンション一階にある掲示板の張り紙によれば、自治会長はKの父親だったからだ。これじゃ直接、話を聞くわけにもいかないな。仕方がない、誰か住民をつかまえて話を聞こう。

 そう思っていると、買い物かごを下げた主婦が帰ってきた。スーパーマーケットで食品でも買ってきたようだ。

「あー、すいません。このマンションの住人の方ですよね。ちょっとお尋ねしたいんですけれど……」

 相手にはわからないように、ビデオカメラの録画ボタンを入れる。インタビュー・シーンの撮影だ。この手のおばさんは「へえー、そうなんですか」などと感心しながら、相槌を打って話を聞いていると、聞いていないことまでも勝手にしゃべってくれるから楽だった。

話を聞いている途中で、突然、主婦が黙りこくった。気がつくと、初老の男がマンションに入ってきて廊下を通りすぎた。おばさんが、男に愛想笑いをする。男はエレベーターに乗って上がっていった。

「あれがKさんなのよ。ビックリ。イヤなヤツ。あんた、黙っていてよ。あたしが、しゃべったなんて言っちゃ絶対ダメよ。あの家はうるさいんだから……」

口の軽いおばさんはこともなげに言った。

そうか、今のがKの父親か……。もちろん、押さえてある。

「ぼく」は一度にKの両親を目撃し、ビデオカメラに撮影することができた偶然を神に感謝する。

おばさんは、まだ話し足りない感じで話し続けている。しばらくK家の悪口を聞かされるハメになった。

「あら、もうこんな時間。あたし、もう戻らなくっちゃ……」

「ぼく」はお礼をして、マンションを立ち去った。

おばさんによれば、K本人は子どもの頃からつい三年ほど前まで、このマンションに住んでいたという。そしてKは三年ほど前に結婚し、二キロほどしか離れていない世田谷区へ移り住んでいる。また、K夫婦は今でも週末などにはこの実家を訪れるようだった。

そうか、そんなに長くKはあのマンションに住んでいたのか。もう一度、近所の聞き込みに来たほうがいいな……。

 ぼんやり考えながら「ぼく」は最寄り駅まで歩く。

 

 

 翌日、一日かけてT燃料工業の経営者、役員、大口株主などについて調べてみた。

 どの資料の中にもKの父親の名前は存在していなかった。また、現在のT燃料工業の社員名簿にも記載されていないことから、Kの父親はすでに退職しているようだ。

 つまり、Kの父親は経営陣でもない、ただの一社員であったと断定する。

 あれほど「オレは芦屋のボンボンだ」と豪語していたKが、マンションに移る前にはT燃料工業の社宅に住んでいたことは間違いない。

 いったいKは少年時代、どのような社宅に住んでいたのだろうか……。

 

 

 

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