宅 八郎 presents

 

サ イ コ ホ ラ ー 小 説

『 K の 器 』 

 

 

 

第 九 回  

 

 

chase17 : 悪 夢 の 侵 食  

 

 

 

 

 目の前が暗くなった。

 どこかの雑居ビルの屋上で、「ぼく」とKが向かい合っていた。

 Kの雇った屈強なボディガード数人が「ぼく」を取り囲んでいる。ガンマニアのKはサディスティックな表情でモデルガンを持っていた。改造した空気銃だった。

 エアガンには殺傷能力はないことになっているが、距離によっては段ボールくらいなら軽く撃ち抜く性能は持っている。至近距離で身体に当たればタダではすまない。しかもKの銃はどうやら改造強化しているようだった。

 野良ネコでも撃つように、Kは「ぼく」を撃ち続けた。

 「うりゃあ、うりゃあ!」

 うれしそうに叫びながら、Kはなおも至近距離でエアガンを撃った。右肩の付け根とわき腹、左足の腿に火のような激痛が走った。

 「ぼく」の全身はエアガンの弾痕で内出血を起こし、アザだらけになっている。いや、内出血だけではない。体の何カ所かは皮膚が破れ、赤い血がゆるやかに流れ出していた。

 野良ネコなら、もうとっくに死んでいる。焼けつくように身体に打ち込まれた無数の傷口が痛んだ。

ヤクザめいたボディガードたちに身体を押さえつけられ、「ぼく」はKの標的にされた。

 「うりゃあ、うりゃあ!」

 弾丸が当たるたびに全身に電流が流れるように痙攣した。ビル屋上のコンクリートの地面に血の痕が点々とついている。「ぼく」はみじめな野良ネコだった。

 「あやまれッ、よくもオレのこと暴きやがって。てめえッ、コラ土下座しろッ!」

 時折、Kはヒステリックに叫びながら近づいてきて「ぼく」をどつきまわす。頭蓋をガンの床部で殴られ、腹部を足で蹴られ、「ぼく」は力なくうめいた。なぶり殺しとはこのことだった。

 「土下座しろって言ってんだろッ!」Kが叫ぶ。

 腫れて開かなくなった眼をぼんやり開けると、そのビルの屋上の片隅にネコの死体が見えた。空気銃を全身に撃ち込まれて、みじめに朽ちたネコの死体が屋上のかたわらに横たわっている。

 黒と白のブチ模様のネコだ。そのモノトーンの身体のあちこちが真っ赤な血の色で染まっている。よく見れば、ネコの左目はつぶれ、つぶれた目とは反対の右耳はちぎれかけていた。尻尾も半分ほどはちぎれてしまっている。

 幻覚だろうか。もうダメだ。生への気力が失せた。

 「オレの力が、わかったかッ!」

  Kが叫ぶ。しまいにはKのボディガードたちに身体をはがい締めにされ、ビル屋上のはじっこに立たされる。

 「地獄に落ちろッ!」Kは叫んで最後の蹴りを入れた。

 コンクリートの上をよろめきながら立っていた「ぼく」は、ビルの屋上から突き落とされた。

 虚空に向かって大きくジャンプし、身体が空中を落下している。

 落下する一秒か二秒のうちに、映画のスタントシーンで下にトランポリンがあってバウンドするシーンを思い浮かべた。しかし残念ながら、下には遮蔽物は何もなかった。あれば緩衝材になってくれるのに。現実は非情だ。もう助からないだろう。

 地上が間近に迫ってきた。ああ、こうして「ぼく」は死んでいくんだな。

 もうすぐ衝突のショックがくる……。

 

 

 

ドン ドン ドーン!

ドーン、ドン、ドーン!

  何度もドアを叩く音がする。激しいノックだった。ピンポーンピンポーン、とチャイムも続けざまに鳴っている。

 今の落下は夢だったのか……。ノックとチャイムの連続音で、「ぼく」は眠りからたたき起こされた。あわてて、起き上がる。まだ、夢うつつの状態を脱しきれない。

 ファアアアーイ。アクビまじりの声で「ぼく」は答えてアパートの玄関まで、よろけながら出ていった。午前中からいったい誰だろう。

 「ハーイ、どなたでしょうか?」

 「酒屋の北村ですよ」

 いつもジュースを買っている酒屋のおばさんの声だった。「ぼく」はドアを開けて、あいさつする。

 「ハーイ、何でしょうか」

 パジャマ姿のままだった。そのカッコを見ておばさんは言った。

 「アラ、起こしちゃってごめんなさい」

 「いやあ、寝坊なもので……」

 「きのうね、あんたのコトを変な男がたずねてきたのよ。留守中にずっと待ってたみたいなの。それがね、ヤクザ風っていうの、変な男で。あんたのコトをしつこく聞いてくるのよ。それが怖くって。……御近所迷惑にもなりますしね……」

 おばさんの声を最後まで聞いている精神的余裕はなかった。「ぼく」の頭の中には、二週間ほど前に部屋を荒らされたことが思い出されていた。そして今見ていた夢のことが夢でないような気がして本当に寝覚めが悪い。

 「気をつけてくださいね、本当に」

 帰りがけの、おばさんの最後の言葉だけが「ぼく」に突き刺さってきた。

 誰だろう。ヤクザかチンピラに心当たりなんかあるもんか。……K本人じゃないな。けれどKの使いかもしれない。しかし、この「ぼく」が警察なんかには頼るわけにはいかない。今後のこともある……。とにかく自分で警戒するしかない。

 「ぼく」はKに関する重要な資料は自室に置かず、コインロッカーに預けるようにしていた。JR駅の構内にあるロッカーはどれも保管期間は三日間だ。それは七十二時間という意味でなく、午前十二時を回れば一日としてカウントされる。保管期間に気をつけて一日か二日でロッカーは替えている。

 部屋には他に盗まれて困るような金目のものはないが、悪い予感はおさまらない。頭の中で警報がけたたましく鳴っている。秋葉原にでも行って、強力な電子ブザーが鳴り響く、簡単な警報装置を組み立てて取り付けたほうがいいかもしれない。電子回路は自作できるはずだ。「ぼく」はボケた頭の中で配線図を思い浮かべると、とりあえずアパートを出た。

 もう一度Kの実家マンションへ行くことにしたのだ。徹底的に近所の聞き込みを行う。そして、実家から歩ける距離にある社宅もこの眼で確認するつもりだった。

 Kが、幼少の頃を過ごしたT燃の社宅は絶対に見てみたい。どんな社宅だろう。資料で見た社宅の現在の姿を自分の眼で確認したかった。

中央線で新宿まで出て、山手線に乗り換える。このまま五反田まで行けばいいのだが、「ぼく」は渋谷で途中下車した。

 渋谷駅のコインロッカーにK資料を入れてあったからだ。今日で三日め。保管期間ギリギリだった。「ぼく」はロッカーから、すぐに必要な資料だけをバッグにつめて、残りを別のロッカーに移し替えた。

 回りの目が気になった。国家機密でも何でもないKの資料を、誰かが狙ってるような気になった。ロッカールームに入ってきた目つきの悪い怪しい男がいた。

酒屋のおばさんの話が忘れられない。イヤな予感がまだ身体を包んでいる。どこか被害妄想ぎみになっている自分に嫌悪感をもよおした。どうしようもなく、やり切れないのは自己嫌悪の中にまぎれもない「おびえ」が宿っていることだった。

「ぼく」はロッカールームを出ると、山手線に乗って五反田まで行く。そこでT急I線に乗り換えたが、五反田でもヤクザ風の男が近くにいてイヤな気分は増幅した。目つきが鋭い男だ。どうも同じ山手線から降りたようだ。

 何度も何度も振り向きながら歩いている自分にあきれた。が、もっとイヤなのは同じ電車にそいつが乗ってきたことだ。さすがに「ぼく」は気にしないことにした。雑誌を読んでいると、目的地はもうすぐだった。その男の姿も見えなくなっている。どこかで降りたのかもしれない。

いや。最初から、そんな男はいなかったような気になってくるから不思議だった。きっと過度の緊張がもたらす被害妄想だったのだろう。

 

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