身辺雑記

 

●7月5日〜8月6日


8月6日 早朝になるが、長野県経営戦略局長あてに、明日のライブにあたっての「要望書」をFAXとメールで送っておいた。田中康夫県知事が姑息な手段に出ないように事前に手を打ったのだ。
 今日、夕方から長野に行く。県庁近くのホテルで一泊して、明日のライブにそなえる予定だ。ライブが午前中だなんて非常識だ!(許せん康夫) 朝が弱いボクにとっては当日行くんじゃキツイからだ。

 

8月5日 今日は7日にやる記者会見(ライブのアンコールね)で配布しようと思ってる資料を整理した。私怨ではあるが、「作家」という表現者として長野県民の支持を集めたらしい田中康夫県知事の真の資質を問いたい。
 夜、長野の状況について関係各所に電話をかけて情報を集めた。もうすぐ、だ。

 

8月4日 8月28日にアイドル・ライブをやることが緊急決定した。音楽事業団体「山下総合病院」の要請によるもの。詳細は以下の通り。
山下総合病院主催ライブVOL.8 『ヤニは百薬の長』
8/28(SARS DAY) 新宿 歌舞伎町GOALIE
開院18:30 /開始19:00 前売\2000 /当日\2500 (D別)
場所:新宿・歌舞伎町GOALIE 東京都新宿区歌舞伎町2-45-2 ジャストビルB1
TEL:03-3205-2452  http://www.2452.com/
山下総合病院→ http://yhospital.hypermart.net/
お問い合わせ→ fy@pop21.odn.ne.jp

 8月21日に創刊される新実話誌『P-Zone』(グローリー)で始まる連載原稿のゲラ(校正)が届く。テーマは田中康夫とのバトルだ(笑い)。数カ所記述の直しを入れてFAXで戻す。

 

8月3日 仕事で朝7時に起きた。ボクには早すぎる時間だ。午前中は原稿を書いて、お昼頃にホームページを更新する(新「アイドル掲示板」)。午後は、田中康夫について確認しておくことがいくつかあったので、都内某所に行って確認作業に追われた。
 それから、「宅さんの復讐の原点は?」「初処刑の原稿が読みたーい!」という要望が多いので、そのコンテンツを準備中だ。もう10年以上前の原稿だけれど。
 このホームページではすでに8月7日午前11時30分に、長野県庁で「記者会見」をやることを告知したが、明日県庁で正式に表現センターのスケジュールが発表される。地元記者が来てくれるといいな。

 

8月2日 今日は一日ぼんやりしていた。夕方にお友達が訪ねてきて、いっしょにご飯を食べました。いつも持っているという、よく効くお守りを見せてもらう。「田中康夫が早くつぶれますように」と祈ってくれるとのことだった。

よく効くお守り

 

8月1日 ついに8月になった。すでに田中康夫長野県知事の元には資料が届いているハズだ。康夫は謝る気になるかな、ならんだろうな。次の段階に入ることにしよう。
 お昼頃、長野から連絡が入り、ついに8月7日午前10時30分から知事会見が行われ、長野県庁表現センターでのハチローライブが決定した!
 長く『BUBKA』(コアマガジン)で共に連載しており、現在はCS番組を手がけている正狩炎さんが同行ビデオ取材してくれることになる。氏のホームページは「言論人権協会」(http://homepage.broba.ws/honoo/)。
 また、同日午前11時30分から、ライブのアンコールとして(笑い)、ボクの「記者会見」をやります(これも同場所)。マスメディアのみなさん、注目だよ!

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moveのMOTSUと(in 美容室VOLUME)               ヘアカットして御機嫌なボク

 夜、原宿にある美容室VOLUMEに行く。オーナーはお友達なんだ。すると、旧友で「move」(エイベックス系だよ)のアーチストMOTSUにばったり会う。モツとは「MORE DEEP」の頃からの付き合い。今は浜崎あゆみなどと同じ事務所アクシヴ(http://www.axev.co.jp/)に所属しているよ。エイベックス系と言えば、この美容室でTRFのYU-KIさんなども髪を切っているよ。
 そのモツでさえ、ボクと田中康夫がバトルしていることを知っていたよ。インターネットで知ったらしい。「応援してマース」と言われて御機嫌。
 その後で、ボクは半分麻丘めぐみ風にしてください、と言ってヘアカット。すっきりして、さらに御機嫌御機嫌。

 

7月31日 深夜というか早朝に「アイドル掲示板」に書き込まれた情報から、TBS系列朝の情報番組『はなまるマーケット』の人気コーナー「はなまるカフェ」に田中康夫がゲスト出演することを知る。
ゲストへの質問・メッセージなどはファックスで24時間受け付けていることを、番組ホームページで確認し、さっそくファックス。
 同時に長野県ホームページから、知事あてに同文のメールも送った。
 文面は以下のとおり。
長野県知事・田中康夫殿
(発信人/東京都・オタク評論家@宅八郎)←本当に本人ダヨ 
「官僚的かつ、お役所的なアナタの要請に従って、長野県経営戦略局と長野市内のアンタの自宅に、お約束のモノを送ったヨ。いいか、必ずそれを見て、この次応えろ! ボクはいつでも長野へ行く! 逃げるなよ!!」

 「アイドル掲示板」で、“小林よしのり名誉毀損で敗訴”のニュースを知る。判決日が今日だったようだ。小林よしのりを訴えた関西大講師・上杉聡さんは、何年か前に連絡があって、裁判のための資料を送付してありました。
 ただ、以前に上杉さんが月刊誌『創』に書いた原稿にはボクについて事実誤認があって、ボクも『創』編集長の篠田さんに「一言書かせてよ」という話があったのですが、多忙にかまけて、放置してありました。
 上杉さんを悪意を込めて描いた似顔絵が違法と判断されたのだから、ボクも小林よしのりを訴えちゃおうかな〜(笑い)。
 深夜、長野の追撃さんから電話があった。康夫知事の「はなまるマーケット」出演について、テレビ界の一般的な話を聞かれた。その他、県をめぐる話も教えてもらう。

 

7月30日 身の回りの雑事が多い日だった。公共料金の支払いとか、壊れた電化製品の修理依頼とか……。
 それから、「なぜ田中康夫の長野市の自宅住所がわかったのか」という、問い合わせが、長野の追撃さんをはじめとして何人かから来た。自宅住所? すぐにわかりますよ。『Kの器』を読んでください。ボクは調査が好きなんです。
 また、某所から田中康夫に関する資料が到着した。待ってたンダ。少しずつ少しずつ材料は集まってきてるよ。フッフッフッ。
 夜にちょっとプライベートな件でショックな情報が入る。〜〜〜。大丈夫か、ボク。恋がしたいよ。

 追記: このホームページを最初に作ってくれたTさんに電話したら、18日の知事会見にボクが乗り込んだ記事が、『読売ウィークリー』に掲載されたらしい、と聞く。何でも電車内の中吊り広告に「県知事VSオタク評論家」とか出ていたとか。ボクは知らなかった。調べてみると8月10日号だった。

Yomiuri Weekly8月10日号

 

7月29日 長野県経営戦略局と長野市内にある自宅あての2通、田中康夫に資料を送付した。郵便局で確認すると、長野市内へは中一日かかって、31日には到着するとのコト。さあ、これからだ……。

 

7月28日 長野県内で、日本障害者創生会の須永さんとお話し。昼食を共にした後に、上田駅から長野新幹線で東京に戻る。途中で眠気に襲われ、駅で眠ってしまい、結局、自宅に戻るのが夕方になってしまった。
夜遅くに長野の追撃さん(リンク参照のこと)から電話があって、取材を受ける。

 

7月27日 長野県軽井沢町へ行った。北朝鮮による拉致被害者を救う会の集会があったからだ。午前中から午後までボクもボランティアとして、街頭署名活動に参加。さすがに避暑地だけあって、けっこう涼しかった。  そして、午後3時過ぎから、拉致被害者・地村保志さんの父親でいらっしゃる地村保さんの講演と対話集会があり、ボクもパネリストとして参加させていただいた。
 その地村保さんの講演だが、ボクはモーレツに感動してしまった。
   76歳、「地村のおとうさん」は最初に「小学校しか出ていない私は講演なんかできる人間じゃないんです。ただの愚痴だと思って聞いて下さい」とぼくとつそのものの口調で話し始めた。
 詳しくは商業原稿で書いているので、重複はできるだけ避けたいが、話の最後には「マスコミの皆さんには、いつも話していることなんですが」と言って、痛烈なマスコミ批判で話を締めくくった。しかし、マスコミは自ら恥をかくようなことをしない。
 元大工の言葉。空虚なインテリの言葉では受けない率直な感動が地村さんの話の中にはあった。

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地村保さんと(in 軽井沢)

 


7月22日 一日中、都内を転々として、康夫調査をしていた。ある程度の成果は出る。また、この日の夕方、都立日比谷図書館で、問題の本『これが基本です。』を借りた。元の『週刊SPA!』連載原稿と照合しながら読み比べてみたが、やはり一字一句違う箇所はなし。


7月19日 女性が運転し、田中康夫ではない男性が隣に乗った県知事の車BMW・Z1を長野市内善光寺付近で発見追跡(“身内”には間違いない……)。それで、公表されていなかったが、県知事の入院先が長野市民病院だと判明したために同病院を訪れ、看護婦さんに康夫あてのメッセージを託す。「早く良くなってくださいね。待ってマース 旧友・宅八郎より」。


7月18日 長野県庁表現センターで、康夫知事との最初の「ライブ」が催された! このライブの模様に関しては、リンクコーナーから詳細を確認してほしい(動画・テキスト)。この日は一泊し、翌日から長野市内の調査を開始することにした。


7月7日 長野県庁を初めて訪れた。「田中康夫県知事に会わせろ!」。県知事は多忙を理由に面会を拒絶した。ガラス張りの知事室の外からヤツをにらむと目をそらした。そして直後に「入院」を発表。「ボクのせいなんじゃあないの」と笑う長野県民の方もいたが、それはないでしょう(笑い)。ぼうこう腫瘍摘出手術を受けるためだった。


7月5日 それはある土曜日の午前のことだった。長野から救援を求める使者がやってきた……。「田中康夫長野県知事を討ちたい、力を貸してください」と。すっかり忘れていた。さっぱりとね。しかし、ボクは康夫には因縁があったことを思い出してしまった。覚醒。闘いはボク自身の意志の力によって再開される。人間狩りのスタートだッ! 今では権力の座に座ったあいつが忘れた頃に災厄がふりかかってくるのも面白いだろう……。

 

 

 

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