身辺雑記

 

●2006年4月分


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4月30日 今日は朝まで起きていたせいと睡眠薬の効き目が強かったせいで、一度起きてから、また寝込んでしまった。それでも夕方くらいからは、今度のクラブDJ用の選曲を考えながら、商業原稿を書いていましたよ。それにしても6月イベントの関係者と連絡が取れなくて困っている。

 

4月29日 今日も午後起きた。良いことがあった。少し前にWEB用の原稿を書いて送っておいたのだが、ようやく掲載されたようだ。紀伊國屋書店がやっているDVD通販サイト「紀伊國屋Forest+」だ(トップページからリンクを張っておきました)。このサイトではDVDを推薦するコンシェルジュ(ソムリエのようなものです)として、これまでには篠山紀信、時東ぁみ、江川達也、巽孝之、小谷真理、常盤響の各氏といった、そうそうたる面々が務めている(他に記せなかった方々スミマセン)。そして今回、ボクもその中の1人に加わって、オススメDVD紹介を2テーマ書いた。
そのうち1つ「まったく韓流じゃない韓国・北朝鮮のDVD5本」がまずアップされて、一安心。ちょっと特殊なテーマにしたが、ボクならまあいいだろう(笑い)。コンシェルジュにはソニン氏や金泰希(キム・テイ)氏もいるが、まあいいだろう。ボクが選んだ5本の中には特殊すぎたのか、取り扱っていない作品も含まれていたが、まあいいだろう(Amazonでは買えるし)。
さて、6月開催イベントに向けて、準備を進めたいのだが、なかなか連絡が取れない人が複数いて、立ち止まってしまっている。何とかしたい……。夜になってようやく1人仕事上の連絡が取れたが、別の急な仕事をお願いされてしまった。大変だよ、ゴールデンウィークなんてないよー。
もう、いっそのこと休日返上のつもりで、さらにソウルへ行く前にお願いされていたクラブDJを5月5日に引き受けることにした。10年以上前にDJをやったことはあるが、久しぶりすぎる挑戦だ。ただ急な決定なので、レアなアナログ盤は自宅のどこかから探せないと思う(本当はまったく踊れない70年代アイドルのライブ盤とかを回したい)。今はCDでも「CDJ」というヤツで回せるから何とかしよう……。

 

4月28日 今日はお昼まで寝込んだ。一度起きたが、また午後2時まで寝込んだ。まあ、仕方がない。昨日までがあまりにもハードスケジュールだったから。
それから、この身辺雑記を書いたり(今回は本当にかなり大変だったんですよ)、メールのチェックや仕事のチェックなどに明け暮れた。しかし連絡が取れない人がいたりして、なかなか体制を立て直すのが大変だ。

 

4月27日 ソウル最終日。午前11時半にロビーで集合するはずだった。ところが、ボクだけが寝坊してしまった。目覚ましアラームにもまったく反応しなかったのだ。同行者がドアチャイムを鳴らしたらしいが、それでも起きなかった。あまりにも心身に無理がたたっていたのだろう。12時頃にフロントからの電話でようやく目を覚まし、あわてて荷物をまとめて1階に降りた。
しかし、まあ今日までボクががんばっていたのを見てくれていたので、同行者の女性たちも怒るどころか、笑って済ませていただけましたよ(スマン)。
無事に全員チェックアウトを済ませて、そのまま歩いて南大門市場へ。ショッピングの結果、全員荷物が多くなっていたので、地下道をくぐるのにも大変だったよ。



南大門市場の近くにホテルをとって正解だったよ〜。

さあ、旅行最後のお買い物だ。南大門市場はソウルでも最も古い市場だったと思う。何でもそろう。ボクはここで韓国ノリや高麗人参茶をいつでも値切って買っている(デパートや空港売店とは値段が違うよ♪)。今回はキムチ風味の海苔ふりかけがあったので、それも買い求めた。
また、同行者の1人が朝鮮半島のチョッカラクとスッカラク(金属製のおはしとスプーン)のセットを欲しがっていたので、ボクも食器全般を買った(ボクは加えて金属製のお椀やキムチ入れまで)。それから韓国の薬膳酒「百歳酒」のセットも購入。

ショッピングを終えたボクたちは最後の食事をすることにした。辛すぎないモノと言うことで、事前に同行者からリクエストがあった参鶏湯(サムゲタン)をボクは寝る前に選んでいた……。サムゲタンは若鶏一匹の(内蔵を抜いた)中に、高麗人参をはじめとした韓方薬や餅米が詰められている朝鮮半島では伝統的な料理だ。
午後2時頃、タクシーで南大門市場から市庁近くの店に移動することにした。途中でタクシーの中から、ソウル市庁を撮影。
目的地は、1960年の創業から46年間味を守っているという老舗「高麗参鶏湯」だった。ここでサムゲタンより高級な黒い烏骨鶏(ウコッケイ)のオゴルゲタンをオーダー。もともと、オゴル(烏骨鶏)は、朝廷が薬用健康食として食べていたもので、同行者もボクも大満足。



サムゲタン、しかもオゴルゲタンが最後の食事になって大満足

お腹はいっぱいになった。あと少しだけ最後の観光が残っている。観光と言っても、写真撮影に適した所を大急ぎで少しだけ回っただけだ(地理が分かる人は行ったりきたりしているのが分かると思いますが)。
午後3時頃。まずタクシーに乗ると「東大門に行ってください」と運転手さんに告げた。同行者の1人が記念写真が撮れるような史跡などのスポットがあれば、と言っていたことは初日の日記に記したと思う。
ただソウルから離れるわけでもなく、また見るのに数時間かかるような場所ではなく、手っ取り早い場所というと、初日に撮影した崇礼門(南大門)の他には、東大門とソウル駅くらいしか思いつかなかった。これは一つにはかつて日本の豊臣秀吉による二度の朝鮮侵攻の結果、史跡が焼き払われた歴史がある。さらにこの半島は60年ほど前の朝鮮戦争という重い歴史も背負っている。
だからソウル市内に残っている歴史的建造物というのは日本の奈良・京都のようには無いのだと思う(ボクが勉強不足なのとあまりそっち方面に興味が無いから、知らないだけかもしれないけれど、事前に韓国人留学生に聞いたら「それで良いんじゃないか」という意見だった)。
そして、運転手さんに「東大門がよく見える場所に止めてください」と告げる。道が混んでいて、やや時間がかかったが、東大門をバックにピンナップ撮影をした。



東大門の前で。

あとは、空港までの帰りのバスが出ているソウル駅に(位置的にはまた戻るような形)タクシーで向かう。やはり渋滞が少し気になった。
午後4時頃にKORAIL(韓国鉄道)ソウル駅に到着。日本のJR(Japan Railway)同様に旧国鉄が2005年に公社化された鉄道だ。数年前に来た時には確か建造中だったと思うが、ソウル駅はすっかり新しくなっていた(釜山までの高速鉄道の開通に合わせてのことだ)。それで新しい駅舎と、使われなくなった古い駅舎(大日本帝国時代の建築で、設計者が東京駅と同じため、大変よく似ている)で写真撮影をした。



新しいソウル駅舎と古いソウル駅舎。歴史を感じる。

まあ「2泊3日だとこんなもんだろう」くらいの観光はしたと思う。同行者たちも喜んでくれていたよ。今回は2泊3日とは言っても格安観光ツアーではなく、それなりの予算を組んで航空便も往路は第1便、復路は最終便にしたから、彼女たちも満足してくれた(ただあと1泊したかったね、とは全員の意見)。
ソウル駅の仁川国際空港までのバス乗り場に歩いていって、チケットを買って出発を待つ。10分ほどでバスは発車した。3人とも疲れていて、空港に着くまで寝入ってしまっていたよ。
午後5時半頃、仁川国際空港で手続きを済ませて、旅行中に購入した大切な免税品を受け取った。同行者の1人は空港内の売店で最後のちょっとした買い物をしていたね。
それからもう1人は龍山電子商街で何度か見たものの、その時買わなかった任天堂DSを免税店で発見して、喜んで色を選んで買っていた。ショッピングは見た時に買わないと次に買えるか分からないものだ。じつは前日探し回ったが見つからずに残念がっていたので本当に良かった。
ボクはゲームをやらないので詳しくないが、日本ではDSは品薄でプレミアが付いてしまっていると言う。多分、国内市場向け出荷数と海外市場向け出荷数のバランスが悪かったのだろう。韓国では日本より安く買えるし、免税店ではもっと安く買えるということか。
仁川国際空港は成田よりも広いので、搭乗口に進むのも時間がかかった。それでもまあ、ボクたちは無事にアシアナ航空の最終便に搭乗したが、午後7時には出発予定なのに、なかなか出発しない。遅刻者が出ていたせいかもしれない(定時を超えて乗り込んできた乗客が何人かいたからね)。

結局、フライトは午後8時近かったが、最後の最後に「コリアの奇跡」を見た。何とエンジン全開で、成田空港まで1時間半強で飛んでしまったのだ! これじゃ北海道や沖縄と変わらないよ〜。
と言っても成田空港に到着して入国審査や税関の手続きを終えたのは、午後10時近く。飛行機に遅刻してきた人を呪うような気持ちになった。なぜなら都心に向かう特急の終電ギリギリだったからだ。あわててボクたちは構内を小走りした。
何とか2分の差で終電に間に合う。本当に良かった。同行者のうち1人は少し遠くに住んでいたから、なおさらだ。同行者はそれぞれバラバラの乗り継ぎになったので、3人は別れて、ボクが自宅に戻ったのは午後11時半くらいだった。やれやれだ。
もっとも、それからこの身辺雑記の整理(写真と文章)をしていたら、眠るのは朝方になってしまったわけだけど(苦笑)。

 

4月26日 ソウル2日め。ホテルのロビーに12時集合ということになっていたが、少し早く午前11時には起きてしまった。6時間眠ってない感じだ。それでロビーにあったPCからネットをチェックしていたら、同行者たちが起きてきた。疲れは取れないままだったが、市内へ繰り出した。同行者の女性2人に楽しく旅行をしてもらうつもりで、コーディネーターまがいのことを引き受けたボクはがんばったよ〜。

まずは地下鉄で「ソウルの浅草」のような観光地、仁寺洞(インサドン)に向かった。ハングルが読めないと地下鉄での移動は厳しい部分はある。ただ、昨日分の日記に書き忘れていたが、ソウル市内の移動はタクシーを使っても大した金額にはならないので、手っ取り早くタクシーに乗る場合もあった。仁寺洞へは地下鉄を使ったが、ここは伝統喫茶やお土産屋さんが立ち並ぶ通りで、まさに浅草かな。



仁寺洞は、民芸品を売っていたり、民族衣装のにぎやかな一団に遭遇したり、まさに「浅草」的。

ボクたちはここで印鑑を作ろうとしていた。コンピュータで漢字を入力して機械彫りしてくれた後、手仕上げしてくれるようだ。それなりの素材で作っても、日本よりも全然安く済むので、姓名の入った「実印」にちょうど良い。
ボクはそのために漢字の韓国での読み方と意味をすべて調べてプリントしていった。日本での漢字は音読み・訓読みが入り交じってあるが、韓国では音としては音読みしかない。ただし意味合いとしての「訓」はあるので、部首や画数も合わせて、その指示書があったほうが良いという判断だ。
ところが、お店に行ってみると店は閉まったままだ。事前情報では休日ではなかったが、出来上がった印鑑をホテルまで届けるサービスをしているらしいので、配達のために留守にしているようだ(1人でやっているんだろう)。
同行者のうち1人の既婚者は御主人の分も作りたがっていたので、合計で4個。仕上げまで、それなりの時間はかかるだろうと考えて、その間に食事をするつもりだったから、とにかく食事に行くことにした。

北朝鮮式の料理を出す有名店「サドンミョノク」へ行ってみた。事前に韓国人留学生から聞いていた情報だとココは何でも美味しいらしいが、特に人気のある料理、マンドゥクク(餃子鍋)と海鮮パジョン(特大チヂミ)を頼んだ。いやー、美味しくて安かった。
その後でもう一度、印鑑屋へ。しかし、まだ店主は戻っていない。それで近くの伝統喫茶に入って、韓国式のお茶を頼んで時間をつぶす。デザートというか、韓国の焼き餅を水飴につけて食べてみたら、これまた美味。今日はこれからどこへ回ろうか、など話し合った。店を出て印鑑屋へ行ってみたが、まだ留守だ。たぶん漢江を越えて江南のホテルにでも行っているのだろう。



サドンミョノクの名物料理、大きなマンドゥククと海鮮パジョン。

マンドゥククを食べるボクと、伝統喫茶で餅(トック)を食べるボク。食べてばかりだ。

ボクは念のため、別の印鑑屋もチェックしていた。それは乙支路入口(ウルチロイプク)のロッテ百貨店の向かいだ。エリアとしては明洞エリアの端っこである。そこで印鑑を作ることにして、待ち時間はロッテの上階にある免税店ショッピングを楽しもうと話をまとめた。
今回はタクシーで移動。印鑑屋へ行くと店が開いていたので安心。それなりの素材を選んで印鑑4個を作ってもらうことにした。ボクが書いた指示書を見ると、それなりにインテリだと思われたようで(漢字の朝鮮半島での「音」と「訓」、部首、画数など整理してハングルで書いておいたからね)、かなり値引きしてくれた。



日本人のお客さんが多そうな印鑑屋さんの前で。

仕上がるまではロッテ百貨店の上にあるロッテ免税店へ。ここはキャラクターをペ・ヨンジュンが務めていて、以前にも来たが、たぶん撮影用に等身大のヨン様の写真が2フロアそれぞれに飾ってある。隣に立って2ショット写真を撮る日本人観光客は多いんだろうなあ。
とにかくフランスやイタリア、その他の国のブランドがいくつも入っている。ボクはポール・スミスだけチェックしたが、同行者女性たちはあっちこっちのブランドに見入っていた。1人が小さめのバッグを買いたくなってしまったようで、意見を求められた。ボクは「こっちのほうがデザインも色も良いんじゃないかなあ」などと言いながら、商品を決める。
パスポートと帰りの航空便を伝えて、カードでお支払い。日本円で12万円を超えていたが、日本で買ったらそれ以上する品物だ。免税品なので品物の受け取りは帰りの便に間に合うように空港で受け取ることになる。ソウルには免税品店が多い。こうしたショッピングも韓国旅行の魅力の一つになっている(日本だと秋葉原の電化製品が外国人にとっては免税品なので、日本の電化製品のクオリティの魅力で、アキバは外国人が多い)。



「宅のソナタ」再び。

印鑑が仕上がるまでにもう少し時間があった。ところが、同行者の1人がデジカメのメモリが欲しいと言い出した。しかもそれは普及率の大きいSDカードやメモリ・スティックではなく、スマートメディアだったので、ちょっと難儀だった。ロッテ百貨店で探したが、スマートメディアは取り扱っていなかった。昨日言ってくれれば、電気街だったから、すぐに買えたハズなのに。
仕方なく近所を探し回って聞いてみるが、韓国でのスマートメディアの普及率は低いようで、どこにもなかった。ところが、Canonショップを発見した。CanonのデジカメはコンパクトフラッシュかSDなのだが、そのお店はFUJIのFinePixも取り扱っているようだったので、飛び込む。
すると「在庫を取りに行くので少しココで待っていてもらえれば商品はあります」と伝えられた。メモリ容量がどのくらいかなどの説明は、ボクも韓国語のスキル不足でやり取りできなかったので、筆談した。やや割高だったが、せっかくなら旅行写真を残したいとのことで商談成立。しばしショップのイスで待っていた。15〜20分後、商品が到着。すぐに支払いを済ませ、デジカメにメモリを装着して撮影テストをすると、使用に問題がなかったので、ショップを出て印鑑屋に行った。

印鑑を受け取り、昨日に引き続き明洞エリアを歩く。女性たちは今日はマッサージに行きたいと言うので、何とか安心できそうなサロンを探した。お店を見つけて、同行者たちの受付を済ませて、1時間半後に迎えに来ることにした。
ボクはすぐにロッテ百貨店の地下食品売り場で見つけられなかった、少しマイナーな調味料が、もしかしたら現代(Hyundai)百貨店にあるかもしれないと思い、一番近そうな新村店に向かった。すると予感は的中。商品をゲットしてもう一度明洞に戻る。
少しだけ明洞で昨日買い残したモノを買って、歩いていると、何と日本に輸入され、ヨン様がCMキャラクターを演じた韓国車、その名も「SONATA」を発見して笑った。



初めて見た「SONATA」。もしかすると韓国では逆輸入車(?)。

そして、30分ほど早めにサロンに迎えに行く。お茶でも飲んで待たせてくれると言っていたからだ。サロン店員さんの1人が在日韓国人で東京生まれの子だった。日本語で会話できてうれしかったよ。この2年ほどソウルで生活していると言う。他にもいろいろ話をした。ポラロイド写真の撮影とサインを求められたので応じてあげたよ〜。
マッサージを終えた同行者たちが戻ってきた。今日のサロンはすごく良心的だったようだ。店員さんも男性も出来るから、今度はボクにも来てくださいね、とのコトだったので、次にソウルに来ることがあれば行くかも知れない。



東京生まれの在日韓国人の店員さんと。

けっこう良い時間になっていた。喫茶店で一服。しかし、今日はメインイベント(笑い)の焼肉と東大門市場ナイトショッピングが待っている。
まずは24時間営業の焼肉店に行くために、タクシーで江南に向かった。渋滞する時間はすでに過ぎていたので、漢江を渡っていくのもそれほどの時間はかからなかった。
ところがお店に着くと、「今日はもうお店はクローズドだ」と言われてショック。ネットなどで得ていた情報と現地の現実のズレだ。さて、どうしたものか……。すでに漢江は渡ってしまっている。時間も時間だ。
そこで思いついた。去年「宅のソナタ」企画で行ったヨン様御用達の焼肉店パクテガムネなら24時間だったハズだ。同行者たちに少し予算が高くなることの了解を取って、タクシーに乗った。江南でも少し東側に移動。タクシーの窓から見える風景を見て、同行者たちは漢江の北と南の街並みの違いを理解したようだ。まあ東京で言えば、池袋と青山の違い、みたいな(笑い)。
韓国芸能人が集う店、パクテガムネはボクたちを待っていてくれた。韓国人でもこの価格設定で来店する人はいわゆる「勝ち組」なのだろう(日本で言うヒルズ族だね)。
肉質もサービスも最高だ。肉も全部店員さんが焼いてくれる。食事を楽しみながら、店員さんと話をした。ここは日本語はまるで通じないが、日本から来るお客さんはものすごく多いという。前にネットで見てみたら、ヨン様が一時期は週に一回通っていたというこのパクテガムネ。いわゆる「冬ソナツアー」コースにこのお店での食事(夜は高いので昼のランチでカルビタンだけ、とか)が入っていることが多かったから、日本人観光客の多数来店は理解できた。
焼肉の後は、ボクともう1人はカルビタン、もう1人は冷麺を頼んで、食事の締めにしたよ。美味しかったナー。



パクテガムネを覚えていたのが幸いだった。肉を焼くのもひっくり返すのも全部店員さんまかせ。



焼肉の後はカルビタンでお腹いっぱい。

パクテガムネで会計を済ませた時に、ヨン様のプライベート写真をプレゼントしてくれたよ。
日本語で「おしあわせに」って書いてある(笑い)。

すでに日付けは回っていた。タクシーで東大門運動場へ行ってくれ、と告げた。江南から漢江を越えて、中心部へ。今日は最後になる東大門市場のナイト・ショッピングを楽しむことになっている。ここは午前4時まで屋台もファッション・ビルも営業しているというトンデモない所だ。同行者たちも疲れてはいたとは思うが、マッサージを受けている。ボクは本当はフラフラだったが、何とかがんばった。
同行者たちは、物珍しさもあっていろいろ撮影やショッピングを楽しんでいた。2時間は気合いで買い物を続けていただろうか。ただ1人から急に「下着はないですかね?」と言われ、さすがに女性用下着はどこにあるか知らなかったので、上手く案内できなかったな。そろそろ帰ろうかと思っていたら、どこからか韓国人男性がボクたちに声をかけてきた。最初はボクも韓国語で話し始めたが、日本人だと分かると相手は少し聞き取りづらい日本語で話してきた。どうも東京に少しだけ住んでいたらしい。手に持っていたテレビ付き携帯電話を見せてくれて、日本の携帯に比べて画質が良いのに驚く。ある面では韓国の方が進んでいたりする一例だ。
結局、タクシーに乗ってホテルに戻ってきて、一息ついたら午前4時を回ってしまっていた。大丈夫か、ボク。すぐにほんの少しだけPCから自分の掲示板に書き込みをして、部屋に戻ってお風呂に入って睡眠薬を飲んだのが午前5時。眠りにつけたのはしばらくしてからだった……。



屋台は朝4時か5時までやっている。ここでも見つけたキティちゃん。



ドラえもんもビックリだ。人気があるのかな。



携帯のテレビ画像は鮮明だった。

 

4月25日 何とか起きた……。今日から3日間の韓国ソウルへの小旅行だ。朝一番早い便で成田空港から仁川国際空港へ飛ぶ。そして、最後の日は夜の最終便で成田に戻ってくるので、それなりに楽しい旅行になりそうだ。では行ってきマース!

(以下、加筆)
……と、ここまで記したのは朝の6時過ぎ。そのまま身支度をして、タクシーと電車を使って、成田空港に到着したのは、ようやく午前8時過ぎだった。それから手続きに時間を費やす。海外旅行は面倒くさいなあ。

今まで、ボクが今回のソウル旅行は「半分仕事・半分遊び」と書いていたのは、じつは「インチキ通訳兼コーディネーター兼ガイド」を引き受けたことにある。ボクの場合はすべてが「取材」になることもあるが、やや微妙な表現になった(でも女性の同行者たちに対しては「仕事感覚」でマジメに引き受けましたよ)。
ただし、韓国語の勉強がおろそかになっているボク。まあ日常会話(旅行会話程度)は問題がないものの、とにかく発音には自信が無くなっているので、特に面倒な現地での「オーダー」は、事前にPCでハングルを打ち込んでプリントアウトして持って行った(読み書きは比較的大丈夫なのだが、発音と聞き取りが怪しいんだよね)。
とにかく、同行者の女性2人(1人は独身者・1人は既婚者)に楽しく旅行をしてもらうつもりで、コーディネーターまがいのことを引き受けたわけだ。

結局フライトは10時だった。2時間半ほどでもう韓国へ。ただ向こうの仁川国際空港の滑走路が混んでいたのか、やや到着が遅れる。
東京(成田)と記すことが多いが、実際は違うように、ソウル(仁川)と記すのもじつは間違っている(仁川市とソウル市はやや離れている)。まあ東京から成田ほどではないが、それでも空港からソウル市内まではバスで1時間強かかる距離だ。
予定では午後2時くらいにホテルに着くかと思っていたが、結局午後3時過ぎくらいのチェックイン。ホテルは南大門市場の近くにとっていた(徒歩2分くらい、明洞=ミョンドンへも徒歩10分以内)。そのホテルの喫茶店で同行者たちと少し休んだ後で、いざ市内観光へ。



仁川国際空港からホテルまでのバスに乗る。

 

まずはホテルから少しソウル駅方面に歩いて、建造物である崇礼門(南大門)の前で記念撮影。同行者の1人は多少、歴史的な建物などを見たいという要望があったのだが、2泊3日でショッピングもエステもグルメもという旅程には無理もある。そこで、まあとりあえず南大門前で撮影をしておこうと思ったのだ。
そして、その後やっぱりハチロー御一行は最初に「龍山」というソウルの秋葉原のような所へ行ってみたのだが、裏通りをのぞいてもメイドカフェはなかったね(笑い)。
このあたりは「龍山電子商街」と呼ばれる電気街なのだが、何年か前とは様変わりしていた。以前はまさにアキバのように雑多な街だったのだが、新しくビルが建ち並び、ビルの中は「マトモな電化製品やPC、あるいはパーツ」ばかり(日本製品も多かった)。
かなり時間をつぶしたけど、期待していたおバカさんグッズは見当たらず。以前は笑える商品も見かけたんだけどね。それで裏通りも見てみたのだが、結果はメイドカフェの代わりにガラス張りの風俗店が並んでいて、同行者女性が近くに行って撮影しようとしたので、あわてて止めた。



南大門の前で。また南大門市場の向こうに見えるのは南山タワーだ。

 

ちょっと時間がかかりすぎてしまい、お腹が減ったので、ボクが以前食べてかなり美味しいと思った冷麺屋に案内することにした。新村という街にある「高博士屋冷麺」という店だ。水冷麺の本場ピョンヤンで本物を2度食べているボクが言うのだから、確かだよ(笑い)。水キムチの一種であるトンチミの効いたスープ、麺そのもの、具材のユッスなどのバランスがかなり良い。同行者たちも大満足だった。



ビビン冷麺というのもあるが、ボクは平壌式の水冷麺が大好き。

 

ただ龍山で時間をつぶした影響で、次に梨泰院という街に行くのが遅くなってしまった。ココは骨董品などでも有名だが、在韓米軍の施設が近いせいか、外国人も多く、韓流ヒップホップなテイストの洋服店も多い。ただ遅くなってしまい、そろそろ店じまいという感じだった。
まあ夜になるとこのあたりはゲイが出没し、ゲイバーもあるようだが、ボクはこれまで行ってみたことはない。前に韓国人留学生に聞いたところによると、日本人男性は可愛く見えるらしく、アメリカ人ゲイに色んなコトをされちゃう危険もあるらしいけど(笑い)。



ところで、ソウルの地下鉄車内では携帯電話は自由に使って問題ない。電車にアンテナが付いているのか、通話が途切れることもない。今回珍しかったのは、カード式の携帯充電器が備え付けられていたことだ。Suicaのシステムは日本より韓国のほうが早かったのだが、同様に日本でもDoCoMoとかと東京メトロが提携して同じようなサービスをする可能性もないとは言えない。

 

そこで「日本で言う銀座」とも言われる明洞(ミョンドン)へ移動した。この日は明洞にある汗蒸幕(ハンジュンマク=韓国式サウナ)のエステに同行者たちが行きたがっていたので、ちょうど良かった。明洞が「銀座」かどうかはボク的にはやや疑問もある。また戦前の日本統治下では京城と呼ばれたソウルのこのあたりが「明治町」と区画されていたことから「明洞」と命名されたらしいことは何かの本で読んだことがある。とにかく夜10時くらいまでは大変なにぎわいを見せているソウルの代表的観光地だ。
普通のブティックや飲食店も建ち並ぶが、夜になるとコピー商品やジャンクフードの屋台が出没し、それもまた面白さの一つだ。同行者も面白がって、あたりをグルグルと回った。そこでハチロー行きつけのマツモトキヨシ的な化粧品屋さん「化粧品ランド21」へ案内する。そこは商品も安く、遊び感覚で買い物が出来る。また女性向けの安めのお土産としても重宝する店だ。同行者大喜び。ボクはボクでお土産として各種韓流パックやらアカスリセット、薬用石けんなどを「大人買い」してしまったよ(相当の数を買ったので、お店の人も大喜びだ)。





(左)明洞の屋台にあった怪しいキティちゃん。(右)ハチロー、オススメの化粧品店の前で。

 

そうこうしていたら、時間が遅くなり過ぎてしまったのは、ちょっと失敗。入れる飲食店に限りが出てきたので、開いているお店の中から、日本語でメニューや案内が出ている店を避けて、ハングルで「ナクチジョンゴル」と書かれたお店に入ってみた。コレはタコの炒め鍋のような料理だ。
人の良さそうな満面の笑顔を浮かべた、お店のおばちゃんたちは日本語はまったく話せず、他のお客さんも韓国人だけだったから、明洞での飲食店セレクトとしては正解ではあったし、料理は美味しかった。時間が遅かったせいか、頼んでない料理をサービスでいくつか出してもくれた。ただ、メインの真っ赤なナクチジョンゴルは同行者女性には少し辛すぎたようだったナー。



(左)サービスで出してくれた料理、普通に出てくるおかずなどなど。(右)ナクチジョンゴルを食べるボク。

食事をすませたあたりで日付けが変わろうとしていた。同行者たちをネットで見つけた24時間営業の汗蒸幕エステに案内してから、ボクは一時別行動を取った。彼女たちは3時間コースになるようだったので、いくらなんでもココでは待てない。そこで彼女たちが迷わず帰れるように、タクシーの運転手さんに見せれば大丈夫だと、ハングルでホテルの場所を書いて入力した運転手さんへの指示メモを渡しておいた(歩ける距離だが、迷われても困るし、湯冷めしても良くないだろうという判断)。

ボクは深夜も絶好調営業中の東大門市場に行って、明日案内するために1時間以上、下見してから、タクシーでホテルに戻った。それでホテルのロビーに設置されたPCの入力メニューを日本語に選択して、ネットをチェック。ホームページの掲示板に書き込みをしたりしていたら、午前3時台にようやく同行者たちがホテルに帰ってきた。ボクのハングル指示メモを見せたらタクシーの運転手さんはすぐに理解してくれて、アッと言う間にホテルに着いたという。
ただ、少し話を聞いて欲しそうなので耳を傾けると、どうやら3時間コースのエステはサービスも悪く、ぼったくられたようだった(ウォンが足りなくなったと言ったら、日本円で1人20500円の請求だったと言う)。その辺の「現実」は事前に得たネット情報には記載されていなかったので、仕方がなかった。
結局、自分の部屋に戻って、お風呂に入って眠りにつけたのは朝の5時くらいだった。キツかった。翌日はロビーで正午に待ち合わせと言うことにしていたが、これまでの睡眠不足をおぎなえそうにない……。

 

4月24日 昼夜逆転してと言うか、ほとんど寝ないで、明日からの韓国ソウル旅行の準備をしていた。明日は朝6時台に家を出ないといけないので、まあいいと思ってしまった。「超早寝早起き狙い」のつもりで。ところがやることが終わらず、もう睡眠時間がほとんど無いじゃないか!
同時進行で6月イベントについても少しずつ処理しないといけなかった。でもマトモに動けるのは帰国後になってしまうのは仕方がない。

 

4月23日 昨日までの札幌出張旅行のため、あまりに疲れがたまっていたせいか、ほとんど寝たきりになってしまった一日だった。何度か起きて、また寝てた。それでも、6月に決定したコスプレ・イベント開催のための準備に追われる。出演してくれそうな子には早めに接触しておかなければヤバかったからだ。
そんな中、髪が何ヶ月も伸びっぱなしになっていたので、原宿の美容室Volumeに行ってヘアカットしてもらったよ。

 

4月22日 眠気が残ったまま、午前中に起きた。少し時間があったので、ホテルでネットをチェック。お昼前にホテルをチェックアウトして、そのまま「味の起平」というラーメン屋さんへ(このお店もネットで知り合った人から教えてもらった)。
赤味噌と白味噌を絶妙にブレンドした「特製味噌ラーメン」を食べた。美味しかったんだけど、気が回らなくて写真撮影を忘れたのに気づいたのは、食べ終わってお店を出てからだった。
地下鉄で札幌駅に出てから、新千歳空港へ。予定より1時間早く着いてしまった。それで携帯電話のアラームをセットして、空港内のベンチでうとうと……。電子音でハッとして、あわててお土産店でお弁当(もちろん北の味)とレトルトの中でも一番良さそうだったスープカレーを2つ(チキンと魚介)を買って、全日空便に乗り込んだ。
北海道と東京はもちろん離れているが、飛行時間は本当にアッと言う間だ(1時間半)。羽田空港からモノレール経由で自宅に戻ったのは午後5時頃だった。
自宅でメールチェックをしてみたら、テレビ朝日関係の人間(以前の担当者の上司だと思われる)から、面会を求めるメールが入っていた。ボクは韓国に行く予定があるので、すぐには時間が取れないことを伝えておく。
帰宅後、ホームページの更新などしていたら、夜になって、新千歳空港のANA支店から衝撃の電話がかかってきた。何とクレジットカードや名刺などを含むカードケースが空港内で発見されたとのコト。ベンチでうとうとしていた時に違いない!
すぐに着払いで東京の自宅に送付してもらうことにした(最も早い発送手続きで、ギリギリ韓国出発の前日月曜日到着ということになった、やれやれだ)。

 

4月21日 札幌のホテルで、床が変わったせいか(笑い)、上手く睡眠が取れなかったナー。早期覚醒してしまっていたよ。
午前11時頃にすすきのの交差点付近(ロビンソン前)で、札幌近郊に住むMさんと待ち合わせ。初めて会うのでちょっと緊張しちゃった。
お茶をした後で、すすきのから歩いて、Yellowというスープカリー屋さんに行った。とてもカレー屋さんとは思えないほど、内装がオシャレでDJブースがあったのには少し驚き(笑い)。頼んだ「チキン野菜カリー」だが、本当に美味しかった。スープ状のルゥはともかくとして具材の素晴らしさは、とてもレトルトには出来ないモノを感じたよ。
Mさんにテレビ塔や時計台を案内してもらう。その後でまたお茶をして、別れた。ボクは一度ホテルに戻って、少しお休み。夕方になってから、偶然だが、東京に住んでいるストリッパーの子が札幌すすきのの劇場に来ていたために、電話連絡を取ってお茶を飲んだよ(この日は喫茶店ばかりだなー)。彼女は次の出番があったので早々に別れて、ボクはまたホテルへ。
夜7時半、メッセンジャーで知り合った「札幌メシ友クラブ」の人たちと待ち合わせて、ジンギスカンの有名店「だるま」支店へ。最初は本場のジンギスカンって、どんなもんなんだろう、と恐る恐る食べてみて、ビックリ。本当に美味しい。肉質もタレも素晴らしい(薬味にニンニクと唐辛子を入れる)。ドンドン、お肉をお代わりしてジンギスカンを食べまくってしまった。
店は混み合っていて、あまり長居が出来る感じではなかったので、集まった4人でゲームセンターへ行ってプリクラ撮影(笑い)。
その後で「ロビ地下」へ(最初何のことか分からなかったが、札幌の人間には分かる、待ち合わせで有名な「ロビンソン地下」のことだった)。夜9時半に遅れてくる人が合流して、二次会は「小樽食堂」という居酒屋さんに行った。
ただ、もうボクはジンギスカンを食べ過ぎて、あまりお腹に入る状態ではなかったので、ビールを飲みつつ、デザートなどを(苦笑)。
23時過ぎに解散。ボクはホテルに戻ると、前夜と同じく一度ベッドにバタンキュー。また夜中に起き出して、ネットをチェック。その後入浴→睡眠薬→ベッドへ。昨日とは違って、比較的寝付きは早かった。




スープカリー、時計台とボク、ストリッパー嬢とボク、ジンギスカン。

 

4月20日 今日は札幌でピュアライムの企画会議がある。苦労して何度も書き直したが、何とか企画書はまとめた。睡眠時間2時間だったが、がんばって行ってきた!
午後の便で新千歳空港に飛んで、北海道の地に立つ。思ったよりも寒くはない。それから移動して、札幌すすきののホテルでピュアライムの役員と会ったのが、午後4時前くらいだった。
ホテルに荷物を降ろしてから移動。喫茶店で役員に企画をプレゼンテーションした。まずまずの手応え。25日には役員会があるとのことで、その結果を見ないと、企画がどう受け止められるかは分からないけれど。
午後7時から、役員が手配してくれた「函館」仕立ての料理屋さんに行く(店名失念)。函館名物のイカを中心とした、北海道の新鮮な魚介類を肴に生ビールを飲んだ。
睡眠不足+長旅+企画提案が終わった安心感+生ビールおいしい=完全に酔っぱらってしまったよ(笑い)。タクシーでホテルに戻って、すぐにベッドの上で洋服を着たまま寝込んでしまった。
2時間くらいしてから、一度起きてホテルのPCから、ネットをチェック。しばらくしてから、お風呂に入って睡眠薬を飲む。そのままベッドへ。

 

4月19日 今日は睡眠薬の効き方が少しおかしく、早期覚醒してしまったので、食事をして寝直したら、今度は眠りすぎてしまった。
明日から北海道・札幌に出張なので、その前にこなしておかなければならないコトがいっぱいあって、あわてて必死でやっていたよ(苦笑)。来週25日からの韓国ソウル旅行に関しても、最終的な確認を行った。ただ、まだ残しているコトがあるので、それは札幌から帰った後でやるしかない。
ところで、コスプレ・イベントは6月11日(日曜日)で決定した。そのプランニングもあるかと思うと大変だ。

 

4月18日 今日はコスプレ・イベント関連の打合せのために秋葉原に行ってきた。場所はメイドカフェ「ぴなふぉあ」だけど(笑い)。
昨日受けたイベントに関する電話について、ボクが大急ぎで作った仮「進行表」を見せて、いかに無理なスケジュールであるかを担当者に説明した(その進行ではイベントの告知期間が一週間しか取れない)。しかも、通常のイベントは3ヶ月前進行が当たり前であることや、2日間開催についても困難であることを具体的に理路整然と説明。
すると非常に理解してくれて、明日社長に話します、と言ってくれた。それでも変更後の予定でも、6月11日に第1回を開催(1日間)しなければならないので、スケジュールとしてはかなりタイトだ。

 

4月17日 今日、テレビ朝日サイドから、あきれるようなメールの返事が来た。以前送った質問状に対して、何一つ答えるでもなく、文章は書かれていた。
「映像としては使用しませんでしたが、番組の上で、宅さんのお話は大変参考にさせていただきました」だって。ふざけるなっ! こいつじゃ話にならないな。
ボクは質問状を「公開質問状」にすることにして、回答期限を21日金曜日にする旨のメールを返信した。「テレビ朝日を代表した責任ある回答の出来る立場の方」からの回答を待っている(公開に関しては少しお待ちください)。
怒りに震えながらも、やることはやってますよ。ソウル旅行に関して同行者たちに「韓国料理は辛いモノが多いんだけど、辛い食事は大丈夫ですか」と聞いてみたら、どうやら自信がないようなので、別の料理店を探したりしていた。
さて、6月くらいから定期的にオタクなライブ・イベントを開催していくプロジェクトがあって、ボクはプロデューサーを務める形になっている。ところが、何日も前にスケジュールについて打診していたのに、主催者側プロダクションの担当者から返事が来ない。
今日夜になって、ようやく連絡が来たと思ったら、社長が出て、急に5月末に2日間開催でやりたいと言う。正直な話無理に近いと思う。ボクは札幌とソウルに行ってしまうし(さらに新潟にも行くかも)。進行スケジュールを考えると頭が痛い。

 

4月16日 ソウル旅行に関して、準備に追われていた。韓国が初めてだという同行者に楽しんでもらいたいからだ。

 

4月15日 来週・札幌、再来週・ソウル、ニートでオタクなボクがいろいろとお出かけをしなければならないので、もう何か準備っぽいことしているよー。とは言っても、美味しそうな料理店のマップを印刷したりしてるだけかも(笑い)。

 

4月14日 昨日明らかになった問題で、とにかく同行者について旧姓のパスポートで旅行が出来るように全部手配した。航空券の発券もそうだが、ホテルも現地に行ってから説明するのも面倒なので、電話をかけて先に宿泊者名義の変更をしておいた。何だかんだで、あー、疲れた。

 

4月13日 一日経過したが、テレビ朝日サイドからは反応なし。
それよりも夜になって、月末の韓国ソウル行きに関してトラブルが発覚し、あわてる。同行者の一人が比較的最近結婚して姓が変わったらしいのだが、パスポートの変更をしていなかったためだ。もちろん、旅行の手配を引き受けたボクは二度にわたって名義の再確認をしていたのだが、間に人が入っていたことと、たぶん本人にあまり深刻な自覚がなかったのだろう。
パスポートの名義と航空券の名義が異なっていれば、航空機に搭乗できなくなってしまう。日本出国と外国入国時のトラブルが予想されるから、現状の航空会社はこれを許さないだろう。現地のホテルでもパスポートの確認はされるはずだが、予約名義に関しては、幸いボクは多少韓国語が出来るから、説明して何とかできる気はする。
対策としてはまだ日が多少あるから(新規発給はすでに無理な時期)、パスポート変更申請(調べたら即日完了できるようだ)をすすめた。ところが、そのためには戸籍謄(抄)本が必要になるが、どうも何かの事情でそれが間に合わないらしい。
仕方がないので、明日手配をし直すしかない。

 

4月12日 昨日テレビ朝日の担当者あてに「質問状」をPCメールで送ったためか、今日PCではなく、ボクの携帯メールアドレスに、謝罪と直接お会いしたいとの旨のメールが入った。「とにかく会って謝ってごまかそう」という意味しか読み取れない。
ボクは確認するとすぐに相手のPCメールアドレスあてに、今後はPCアドレスあてに連絡をして欲しい旨と、まずは昨日送った「質問状」の各項目についての回答を願います、と連絡した。「やり取り」を正確に管理し、記録しておく必要を感じたからだ。

 

4月11日 4月1日にテレビ朝日系で放送された『報道特別番組』で、ボクのコメント出演シーンが全面カットされていたことについて、これまでボクはテレビ朝日サイドに3回もメールで説明を求めていた。
その日番組が放送されるまで、出演者のボクには何の連絡もなかったからだ(どう編集されるかは分からないにせよ、出演シーンはあるものと当然理解していた)。
ところが、放送から10日も過ぎた今日になって、ようやく説明になってないような「説明メール」が送られてきた。しかも「しかし、第2弾なども検討中ですので、よろしくお願いいたします」と、また「テレビに出させてやるから」と懐柔するような文言も。
以前、現長野県知事の田中康夫は太田出版の高瀬社長(奥さんが元アナウンサー)を通じて、しきりに「テレビに出させてくれ」と懇願していたことがあったが、別にボクはそんなのどうだっていい。
秋葉原で収録したボクのコメントは「オタクとその時代」に関するモノで、「宮崎勤と言うキーワード」を話さざるを得なかったのだが、なぜかそのキーワードに関しては、報道番組の特性上避けたいと、判断したとのことだ(ボクにはその判断の意味が現段階で良く分からない)。
ボクはこの日記を含めて、自分のファンなどへの「出演告知」を裏切った形になっていることもあり、これまでの対応にも納得がいかないので、すぐに「テレビ朝日に対する質問状」(何項目かの質問、また提案を含む)をメールで送った。

 

4月10日 札幌へは20日から22日まで、2泊3日の旅程で行くことに決定。初日は企画会議で2日目は、まあ観光だ。
また、続けざまで大変だが、月末25日から3日間、韓国ソウルに行くことになった。全然勉強していないため、ボクの韓国語も怪しくなってきているが、まあ旅行程度なら問題ないだろう。

 

4月9日 来週、企画会議のため、札幌に出張することになった。建設的な結果になることを祈っている。

 

4月8日 過労がたたったせいか、一日寝込んでしまった。

 

4月7日 苦労して、さまざまな友人の協力を取り付けて、何とかピュアライムの大型企画がまとまった。
もちろん企画決定ではないが、企画書作りの上で、調査や見積もりをしてくれた友人もいれば、快く「内諾」してくれた友人たちもいる。うまく企画が通ることを祈るばかりだ。
企画書はかなりの枚数になっており、予算もそれなりにかかることになるので、サーバのある札幌(担当役員の会社がある)まで、企画書を提示に行くことになると思う。寒くてもがんばる。

 

4月6日 先日取材を受けた『新潟日報』の記者さんから電話で追加取材があった。色々と補足事項について説明。その中で「インターネットを使って、一般の方々に調査したところ「『オタクには過激な性描写を楽しんでいる面があって嫌悪感を感じる』という御意見があったのですが、どうお考えになりますか?」と言うモノがあった。
ボクは「『それは一部だけの人たちです』と宅八郎が切って捨てるような差別的なコメントにはしないで欲しいです。ただしコミケなどでもブースが別れている側面は確かで、オタク内・近親憎悪の面はあるかもしれないですね。でも過激な性描写も表現としては高度なモノもありますよ」などと答えた。
ただ…「その調査の根本的なことなんですが、一般の方々のオタクに対するイメージはコスプレとか、フィギュア、メイドといったモノであって、「過激な性描写のある同人誌などの存在を知っていること自体、その御意見をくださった方は、一般人ではなくオタクだと思いますよ」と言ったら、笑っていたよ。
その後、夜遅く久しぶりに元『週刊SPA!』編集長のツルシ一彦さんと電話で話した。新しい雑誌を創刊するので協力して欲しい旨を伝えられる。

 

4月5日 ピュアライムの企画を進めていたよ。アポを取りにくい人への連絡や、先方からの連絡待ちなどあって、なかなか落ち着かない。

 

4月4日 病院でもらった睡眠薬と向精神薬を飲んでみたら……。以前何の問題もなかったのに、しばらく別の薬(あまりくわしく書けませんーー笑い)でしのいでいたせいか、恐ろしく効き過ぎてしまって、眠り続けてしまい、起きても何も出来ないような状態だった。「ピュアライム」の件、それでも何とか少しずつ進める。
やはりもう一度病院に行って、診察と投薬をし直してもらわないといけないかもしれない。

 

4月3日 徹夜で午前中から動く。まずずっと行けていなかった大学病院に行って、お薬を出してもらった。それから今月から始まった「ピュアライム」の企画について、いろいろ動いた。なかなか大変だ。

 

4月2日 先週が多忙だったために、今日はほとんど休息に費やした(と言うか、動こうにも日曜日で仕方がなかったから……)。夜、ある企業の経営者から電話がかかってきた。新しく舞い込んできた相談事のために、この一週間以内に別の人物を含めた会合を持つことになりそうだ。

 

4月1日 今日から開設されたサイバー美少女学院「ピュアライム」の学院長に就任することになった。今日のエイプリル・フールだけ、ボクの学院長姿がアップされたので、冗談だと思った人もいたかもしれない(その後現在まではアイドル3人によるブログが掲載されています)。

サイバー美少女学院ピュアライムの生徒たちと学院長のボク。

 


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